いい加減にしてほしい、大学改悪:飛耳長目(44)

 こんなウェブ記事が飛び込んできた。当時の官僚におだてられ、いいように鼻面を引き回された結果ではあるが、100年先を見通しての見識がなかったわけだ。「国立大学法人化は失敗だった:有馬朗人元東大総長・文相の悔恨」:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00158/051900003/?n_cid=nbpnb_mled_mpu

 有料記事なので、ここでの全文引用は控える。

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 国立大学の教育・研究活動に必要な基盤的経費である国立大運営費交付金。2004年に国立大学が法人化して以降、年々減少が続いており、東大もその例外ではない。この法人化の方向性を決めたのが、1998~99年に文部大臣(現・文部科学大臣)に就いていた元東京大学総長の有馬朗人氏だ。当時は、大学に自主性が生まれるといった効果を期待して法人化されたが、結果的には、そうした効果以上に人件費に充当される運営費交付金の削減で、若手研究者の減少を招くこととなった。法人化は「失敗だった」とする有馬氏に、法人化の経緯や今後のあるべき姿を聞いた。

  日本の大学は海外に比べて資金が不足しているといわれます。東京大学総長や理化学研究所理事長、文部大臣も務められた経験から、今の大学についてどうみていますか

1930-:89歳

有馬朗人・元東京大学総長、文部大臣(以下、有馬氏):1990年代半ばごろ、日本はバブルが崩壊した後で経済市場が危機的な状況にあり、政府は多過ぎる公務員を減らそうとしていました。そして同時にいわれたのが、国立大学も何とかできないかということでした。最初、国立大学を私学化する案も出ていましたが、むしろ日本ほど大学教育で私学が大きな役割を果たしている国はないと、大学の在り方を検討する国の会議の委員も務めていた私は反対しました。

 米国もハーバード大やプリンストン大といった私学はあるが、州立大もきちんと役割を果たしている。ドイツやフランスはだいたいが国立や州立です。私学がこれほど頑張っているのは日本くらい。むしろ、国に対してもっと大学が貢献できるようにするなら、私立大を国立にすべきだと言いました。

 そんな議論がされている間に、持ち上がってきたのが国立大学の法人化でした。そのとき私は文部大臣を務めていて、世界中の大学を調べてみると、オーストラリアの国立大学は法人で、ドイツやフランスの大学関係者からも「法人化したほうが自主性が高まる」という答えが返ってきた。文部省でも検討委員会をつくって議論した結果、法人化したほうが良い面があるという結論が出ました。それで私は法人化を決心したんです。

運営費交付金は減らさない約束だった

海外事情も調べたうえで決断したのですね

有馬氏:ところが、実際、2004年に国立大学が法人化されると、その後、毎年1%ずつ運営費交付金が減らされていきました。

 こうしたことが約10年続きました。この結果、運営費交付金には人件費が入っているので、若手研究者が雇えなくなったんです。全国の大学で正規雇用の若手研究者がガタっと減り、理工系で博士課程に進む数も大きく減りました。運営費交付金が毎年減らされていくことを、私は読み切ることができませんでした。(以下、略:残り 1265文字 / 全文 2245文字)

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 この記事のシリーズ名が「東大の突破力 「知」はコロナ後の日本を救えるか」。笑ってしまった。経歴見ても徹頭徹尾あの悪名高い「原発村」でどっぷり体制側の人だし。読者のコメントにも「東大を潰してその予算を全国の国立大に振り分けたほうが雇用も研究も増えるのでは?」「この失敗の経験がこれから役立つことは無いであろうと思います」と、多少見当外れだが辛辣なものが多い。むべなるかな、むべなるかな。

 現行制度に問題があるから(しかし、問題はいつでもどこにでもある)、改善を目指すと称して「改革」が試みられる。今の場合、文系の私の理解では、教授・助教授・助手という封建的主従関係が学問の発展を疎外しているとされ、大学的には国際化をめざしてあくまでその是正のため制度をいじったはずなのだが、実際には人員削減ばかり行われて、かえって(水増しされた)若手研究者の首を絞める結果となっているし(もう少し言うと、アメリカ式の消耗戦をよしとして採用したわけ:私も大変お世話になった日本育英会奨学金だって、貸与型導入で改悪されてしまった:私は免除職19年勤務で返還義務が免除された)、学問の国際化が進展するどころか、研究の継続性はぶち切られ、理系ですら研究業績数の先細りばかり言われている始末である。いずれにせよ、いつものことだがそうなる恐れは最初から指摘されていた(その点、慎重でつむじ曲がりの研究者にいささかも怠りはない)。それに目をつむって(押さえ込んで)飛び込んだ先は、もっとひどい地獄だったわけである。なんともはや、というしかない。

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