母の日と入浴と:痴呆への一里塚(8)

 母が逝って、5月11日で3か月になる。最初の1,2か月は諸手続きで目が回る忙しさだった。その後はとりあえず時間が元に戻った感じがしている。そして、今年から「母の日」の花のプレゼント先は妻になる。なに、これまで頼んでいた宅配の花屋さんから例年通りカタログが送られてきたからだけのことなのだが。

 留守中に花届かないよねとちょっと気になっていたところで、今日、M新聞のウェブ記事が飛び込んできた。「医療プレミア」の「理由を探る認知症ケア」シリーズでの「家に帰りたいは単なる帰宅願望ではなかった!?」がそれ(有料購読です)。これは私も体験したことだが、「帰りたい」という言葉の内実に迫る読み込みが必要だというのが記事の趣旨ではあるが、「家に帰って○○をしたい」は各人各様であろう。 

 私の母の場合は、施設に入る前は、広島につれて帰ると嬉々として草むしりをし、近所を散歩と称して15分程度歩くのが常だった。「帰りたい」の内容はまあその程度のことだったのだが、施設に入ってからは、新たなルールを強制されて、気ままに生活できない窮屈さが主となっていたように思う。もう一人で日常生活できないのだから、これは我慢してもらうほかない、というのが家族の偽らざる心情だった。

 足を骨折して認知症が進んでからはベッドに寝たきりのような状態になり、言う回数は減ってきたが、それでも帰りたがった。どこへといっても、練馬ではなくて広島だったのだろう。

 そのシリーズの過去記事が気になってちょっと見てみると「お風呂には入りません:拒否行動の真の理由は」というのもあった。そこに書かれていた事例とは異なってはいるが、これも私が体験したことだった。「お母さんの頭がくさい、洗ってないようだ」、そう妻が言い出した。そういえば、風呂に入るように進めると、すぐにでてきて「中にはいってないので綺麗だから、入ってね」と必ず一言言うようになっていた。それを聞いて私はバスタブに入っていないと理解し、「そんなこと気にしないで、ゆっくり入ってよ」と若干とがって返事していた。毎日そんなことが続いていた。

 母とはいえ「オレが一緒に入るのは憚るから、一緒に入って面倒みてやってくれ」と私は妻にいった。それで妻は、母が脱衣場に入ると、一緒に入って面倒みようとして誘うのだが、母はあれこれ30分もぐずぐずして一向に風呂に入ろうとはしない。妻がいなくなると「入った」といってすぐに出てくる。この一連の行動をどう解釈すればいいのか、私にはわからなかった。手に余って当時通っていたデイケアのケア・マネージャさんに相談したら、通っている施設のほうで週一で入れてくださることとなった。

あるところでこの件を話したら、介護経験のある人たちから、「昔の女は最初にお風呂に入るというのはなかったから、遠慮してたのですよ」とあっさりいわれてしまった。そうだったのかもしれない。だったら私なんかが先に入ればよかったのだろうか(追い焚きできるので、入浴は外出前が普通になっていて、夜フロに入る習慣がなくなっている、という現実がある)。でもいずれ、自分で風呂に入って体を洗うこともできなくなる、しなくなる(たぶん面倒になるのだろうか)のかもしれない。さて、私の場合はどうなるのだろう。どこに帰りたがるのだろう。

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